暗中模索

先日のTちゃんとお母さんのブログのこと。
経験者として、とても人事とは思えないまま今回のことをずっと見つめていた。
このことに関して(特に母親に対して)色々な批判を多く目にした。
解決後、母親は「ご心配とご迷惑をかけました。
皆さんの協力や励ましに感謝しています。
落ち着いたら詳しく報告したい」と言っていたが、
「詳しい報告」がないまま、他の失踪事件にも協力を呼びかけるリンクを貼り、
近々ブログを閉鎖するという言葉を載せたことに、
反感を感じる人が多かったようだ。
人の好意を当てにしたブログに踊らされた…というものから、
子育てや親のありかたなど、批判の内容はさまざまだった。
しかしいくつかのリンク先で、個人のことなので
容易に批判できない(してはいけない)という意見に触れ、
ざわめく心が少し安らぐ気持ちになった。
報告したくても、親にも子供にも「何がどうしてこうなった」かなど、
分からない場合が多いのだから。


もしも我が子が原因も分からず失踪したら、親はなりふり構っていられない。
後先も考えず、だれかれ構わず、助けてくださいと言わずにはいられない…
それが無事に帰宅し、「わがまま娘のプチ家出」だの
「この母親にしてこの子あり」だの言われようとも、
我が子を失うかもしれないという押し潰されるような恐怖と悔恨に比べたら
何を言われても怖れるものではない。
ただ、私は親としての自信を失い、帰ってきた娘に対して、
これでいいのか…本当にいいのかと、自問自答しながら過ごしている。
たとえ恵まれない境遇の中でもまっすぐに育つ子供は育つ。
親が愛情深く育てても、より道してしまう子供もいる。
そうは思っても、親は自分がいたらなかったのかと自分を責める。
私の何がいけなかったんだろう…?
(そんなことも分からないから家出されるのだ…と言う人もあるだろうな)
迷いは晴れないが、お互い理解できないままでもいいじゃないか…
許しあい受け入れあって暮らしていくのが家族なんだからと、
繰り返し自分に言い聞かせている。