力づくでも

私が中学生だった30年前と何も変わっていないんだな。
子供は相変わらず本心を言わない。
学校は相変わらず建前と管理の世界。
親は相変わらず自信がなく毅然とした態度を取れない。
社会は包容力も臨機応変さもない。
自由とは惰性や怠惰と同義語のままだ。
変わったことといえば…
垂れ流される情報にタブーはなくなり、正義や良識は失われる一方って感じ。
いやおうなしに外に出なければ得られなかった人とのつながりは、
家にいながら携帯やネットで簡単に得られるが、
それがかろうじて残っていた気力を奪う可能性があることには
子供は気づくことができない。
個性重視?ゆとり教育?…どこが???
子供達はいまだに小・中学校(あるいは高校)へ行くことしか
選択肢がないのだ。
そこから出て行く人間のいることが、
当たり前のように受け入れられる社会は何年先になるのだろう。


かく言う私も、あの日エムルの行動に出会わなければ、
変わらないままだったろうと思う。
そんな力づくで回りをねじ伏せようとするやり方を受け入れて良いのか、
本当にエムルのためになるのかと自問自答した。
でも、例えば彼女が言葉で訴えたとしても、
私達はなんとかなだめすかして元の器に戻すことしか考えなかっただろう。
ああいう形で訴えるしかなかったんだと今は思う。