人斬り以蔵

司馬 遼太郎著。
またも娘の本棚から。
萌が以蔵に心酔したのは元々は辞世の句に興味を持ち、
「君がため尽くす心は水の泡消えにしのちぞ澄み渡る空」に惹かれたのがきっかけだった。
句としては自らの心情をありのままに吐露した平凡なものである。
本書を読むと無知無学で粗暴な人柄が描かれている一方、
「犬のように」武市瑞山の一挙手一投足に一喜一憂し、何の疑問も持たずついてゆく。
しかし瑞山は以蔵を信頼せず重用もせず、ただ傍において
自分に都合の悪い人を切らせるためだけに利用しただけだった。
最後にそのことにようやく気付いた以蔵は瑞山に初めて恨みと憎悪を抱く。
娘はそんな以蔵にある種の純粋さを感じたのかもしれない。
何かたった一つの、あるいは一人のために命をかけるという点で、
自分もそのように生きたいと度々言っていた。
生まれ変わったら「男になりたい」「武士になりたい」とも。
そして報われなかった苦労も消えてしまえば「澄み渡る空」。
萌は日々の瑣末な暮らしへの厭世や転生への願望を強く持っていたのかもしれない。